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遊々記

pixivのキャプション代わりとか個人的なアレとか

拝顔のススメ

blog3

西遊記を漠然とつまらなく解釈するなら、

それは「仏教のCM」なんじゃないかと考えた時期があった。

じゃあ仏教にも触れてみようと思い立ち

お寺さんに出かけてみたり、その手の本を手にとってみたりと。

爺さまの影響で道祖神や神社には馴染みがあったが、

仏教も似たような雰囲気ではあるんだなと、何となく納得したもんです。


今日、『萌えブーム』到来の余波は、

なんと仏像の世界にも押し寄せているそうで

モデルのハナちゃんもそのうちのひとりだそうな。

仏像の中で最もメジャーなものといえば『仁王像』ではなかろうか

くわと開いた口に怒号を思わせる"阿形"、

きりと真一文字に閉ざした口に怒りを含む"吽形"…

幼心に畏怖の念を覚えた人は多いことだろう。


仏像の多くは、柔和な表情で我々を見つめる。

その真意は如何なるものなのか…と仏像を見上げて想うに、

彼らは我々にとって親のような存在なのではあるまいか。

なんか語弊がありそうだが、

何と言うか、赤ちゃんが母親の顔を眺めて

その表情を真似しようとするような、そしてそこに安心を得ようとするような

そんな感覚にとらわれる感じがしてくる。

明王の憤怒相からは、"怒りで我を忘れんなよ"という

雰囲気がビシビシ伝わってくる。


いつの頃からか薄れてしまった、"畏れ"という気持ちが

カタチを変えて心に戻ってくる事がある

誰に倣うでもなければ、仏像に倣うのもいいじゃないか

乱れる心なら観音に、怒れる心なら明王にと。

自分を叱ったり諭したりってのは、しているつもりで終わる事もある

良いお顔の仏像を拝顔すると、無意識のうちに自分を叱れるものなのかもしれない。